2013年08月21日

またしても、脊髄症

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それは 2週間ほど前から兆はあった。
散歩の途中でへたり込んで梃子でも動かない日が続いていた。
先日も仕事から帰って夕方の散歩に出かけた。
いつものコースを行ったのだが、彼が計算したように
戻っても進んでも同じぐらいの最長の距離でストライキを始めた。
仕方ないと抱いて歩き始めたが、
散歩サイアティというか、あるいは散歩同好会というべきか、
顔見知りだがそんなに気楽に話すほどでない
“仲間”が怪訝な顔をして通り過ぎて行った。
帰ったころには普通なら夕涼みみたいなさわやかな散歩の筈が、
7sの物体の所為で、筋トレのあとみたいに汗びっしょりになっていた。

だが、また別の日に帰宅した時に、
玄関で待っていたテスに優しい言葉をかけた時
老人は次の瞬間には慌てていた。
テスが立とうとして滑った後座りこんでしまったのだ。
しかも起こそうとした時、体の下に小さい水溜りがあったのだ。
それが尿失禁で重大な意味を持つということは、
昔多少医学をかじった老人にはすぐに判断できた。

これは、これからの障々介護を予感した老人には
目の前が暗くなるような出来事だった。
老人も体のバランスが崩れるという障害があった。
そんな老人が脊損のテスを介護してゆくことには
暗然たる未来が待っているということを意味していた。

そうして、リハビリの手始めとテスの病状の判定を兼ねて
出かけたのが冒頭のテスト散歩だった。
しかしそのテストではゆっくり歩いたのもあってか
テスの歩行には、途中でのストライキ以外には異常は見られなかった。
以前に後ろ足を二輪車で免荷して歩いている映像を見たことがあった。
散歩中に子連れ狼の大五郎みたいに手押し車に乗っているコーギーも見た。
その老人は最近一人で散歩しているのも知っていた。
次々と不安を掻き立てる映像が走馬灯のように老人の頭に流れた。
中野も来ていたのでサマーズ先生にレントゲンをとって貰おうと考えていた。

posted by てす at 00:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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