2012年08月05日

名医

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仕事を終わって、中野と自宅の下で待ち合わせた二人は
急いでサマーズ先生の所へ向かった。
老人が6時に仕事を終わって中野とテスを迎えに行き
先生の診療所に向かって急いだが、着いたのは6時半を過ぎていた。
診療時間は7時までだ。
飲食店ならラストオーダーの時間が終わるころで

あまり歓迎される時間ではないがそれは仕方なかった。
遅くにすみませんと詫びながらも受け付けの前に立ちはだかり
先生の奥さんらしい人に無言の圧力をかけた。
テスはそんな老人の必死の努力を知ってか知らずか、
そのあとに来た太い足を露出した女性に攻撃的な声を上げていた。

診察は多岐にわたった。
血液検査、レントゲン検査、顕微鏡検査。
老人は今日は出費になるなと思ったが、でもやはりテスに回復して欲しかった。
健康な時はうるさくて疎ましいと思うこともあるテスも、
病んでは弱い助け合うべき同志だった。

そして、診断は老人が懸念していた通り、
散歩が絡んでいるのではないかということだった。
老人は昔かじった知識を必死に組み立てて血液検査などを見て判断した。
しかし、老人はそこでサマーズ先生の慧眼に気づかされたのだった。

自己免疫疾患も含めて紫外線の強い朝の散歩が関係あるのではないかということだった。これには老人もこれはなるほどと思った。
何となく散歩に原因があるのではないかと考えていた老人も
紫外線にまで思いが至っていなかった。

言われてみてなるほど、あるらしい推理だと思った。
膠原病に紫外線が悪く働くのは常識的な知識だった。
だが、先生が腰を据えて顕微鏡検査、血液検査、レントゲン検査と
検査を重ねたことに先生の本気の原因探しが感じられた。

これは、老人の必死さが先生に伝わったのかも知れなかった。
その子の家族の必死さを見てこれは逃げられないと
褌を締めなおして調べ、その結論を導き出したのだろう。

この結果は老人にも十分納得のいく結論だったし、
テスの病気と四つに組んだ先生の気概に
尊敬の念を抱かずにはおられなかった。
「これは名先生やわ」と老人は中野に向かってつぶやき、車を家路に向かわせた。
すぐに結果の出る治療ではないことは病気の重さを示していたが、
老人はテスと一緒に戦う覚悟をしていた。

ただテスが一緒に戦ってくれるかは全くわからなかった。
そして,密かに散歩から解放されると内心ほくそ笑んだ。
しかし、そこで中野は老人の心を見透かしたように
「夜にしなきゃならんな」と冷たく言い放った。
風呂に入れてないことも中野に非難されていた。

「臭くなければ入れる必要はないし、入れない方がいいです」とご託宣が下り、
老人の立場はかろうじて保たれたが、
この後ロスや恵比寿からどんな叱責が来るのかと思うと
テスの治療指針が出た後も老人の心はまだすっきり晴れることはなかった。
posted by てす at 00:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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